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東京高等裁判所 昭和62年(ネ)1641号 判決

控訴人

佐藤静子

右訴訟代理人弁護士

竹下甫

被控訴人

金原忠男

右訴訟代理人弁護士

山田俊夫

主文

原判決を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、主文同旨の判決を求め、被控訴人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述及び証拠関係は、原判決事実摘示(ただし、原判決書一枚目裏六行目中「同旨」の下に「並びに第一審被告大村勝男が同後藤太多司との間で昭和五九年五月二二日になした抵当権設定契約及び代物弁済契約(条件 昭和五九年五月二二日金銭消費貸借の不履行)を取り消す。」を加え、同行中「(4)」を「(5)」に改め、同二枚目裏七行目の次に行を改めて「(5)よって、第一審被告大村勝男が同後藤太多司との間で昭和五九年五月二二日になした抵当権設定契約及び代物弁済契約(条件 昭和五九年五月二二日金銭消費貸借の不履行)を詐害行為により取り消すとともに、原判決主文第一項掲記の登記の抹消を求める。」を加え、同三枚目表五行目中「生せず」を「生ぜず」に改め、同裏一行目中「(4)」の下に「、(5)」を加える。)のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

一本件土地の登記簿上の所有名義人が訴外後藤太多司であること及び本件土地につき訴外大村勝男を権利者とする原判決添付別紙登記目録記載③の条件付所有権移転仮登記、同人を抵当権者とする同目録④の抵当権設定登記並びに控訴人を権利者とする同目録①の停止条件付所有権の移転登記、同じく控訴人を抵当権者とする同目録②の抵当権移転登記が経由されていることは、当事者間に争いがない。

二〈証拠〉によれば、以下の事実が認められる。

1  被控訴人は、昭和四七年一二月二五日、後藤太多司の先代である訴外後藤健一からその所有に係る磐田市東貝塚字宮腰一八一七番田三九平方メートル外一筆の土地を代金一二八万五〇〇〇円で買い受け、その引渡を受けたが、右土地が農地であり、かつ土地改良が実施されていたことなどから、これが登記の方法として、右土地につき同日付売買予約を原因として昭和四八年一月一二日所有権移転請求権仮登記をした。なお、被控訴人は、右土地の売買について農地法三条所定の農業委員会の許可を受けなかった。

2  被控訴人は、右土地を買受け後その換地として予定されていた本件土地の占有を始め、当初半年程自らが畑として耕作した後親戚の訴外後藤春男に昭和五九年六月頃まで本件土地を耕作させ所有の意思をもって占有を継続してきた。

3  前記宮腰一八一七番の田外一筆の土地につき昭和五六年七月八日土地改良法による換地処分がなされ、本件土地が正式に換地として指定された。その後同年一〇月二日後藤健一が死亡したことにより、後藤太多司は、昭和五八年三月一四日本件土地につき相続を原因として所有権移転登記を了した。

以上の事実が認められ、他に右認定を履すに足る証拠はない。

三ところで、農地について所有権移転等の権利変動をするときは、農業委員会又は都道府県知事の許可を受けることが必要であり(農地法三条)、右権利変動を目的とする法律行為は、これについて農業委員会等の許可がない限り、その効力を生じないものである。したがって、農地の譲渡を受けた者は、通常の注意義務を尽すときには、譲渡を目的とする法律行為をしても、これにつき農業委員会等の許可がない限り、当該農地の所有権を取得することができないことを知りえたものというべきであるから、例えば譲渡についてなされた農業委員会等の許可に瑕疵があって無効であるが右瑕疵のあることにつき善意であった等の特段の事情がない限り、譲渡を目的とする法律行為をしただけで当該農地の所有権を取得したと信じても、このように信じるについては過失がないとはいえないというべきである(最高裁昭和五八年(オ)第一〇六四号同五九年五月二五日第二小法廷判決・民集三八巻七号七六四頁参照)。

これを本件についてみると、前認定のとおり、被控訴人は、昭和四七年一二月二五日後藤健一から農地である宮腰一八一七番の田外一筆の土地(本件土地の換地前土地)を買い受けたが、右売買について農業委員会の許可を受けていなかったところ、被控訴人は、本訴において右売買により右土地の所有権を取得したことを信ずるについて無過失であること及び前記特段の事情のあることを主張・立証していないから、被控訴人が右土地を買い受けたことのみによってその所有権を取得したと信じたとしても、そのように信ずるについては過失がなかったとはいえないというべきである。

したがって、被控訴人の取得時効の主張は、理由がない。

四次に、被控訴人は、大村勝男と控訴人は、本件土地の仮登記権利者である被控訴人が本件土地を取得するのを妨害するために前記目録①ないし④の条件付所有権移転仮登記、抵当権設定登記及び停止条件付所有権の移転登記、抵当権移転登記を経由したものであるから詐害の意思がある旨主張し、第一審被告大村勝男が同後藤太多司との間で昭和五九年五月二二日になした抵当権設定契約及び代物弁済契約(条件 昭和五九年五月二二日金銭消費貸借の債務不履行)の詐害行為による取消しを求めるので、この点について判断するに、特定物引渡請求権を有する者も、右請求権は窮極において金銭債権たる損害賠償債権に変じうるものであるから、その目的物を債務者が処分することにより無資力となった場合には、右処分行為を詐害行為として取り消すことができるものと解すべきである(最高裁昭和三〇年(オ)第二六〇号同三六年七月一九日大法廷判決・民集一五巻七号一八七五頁参照)ところ、これを本件についてみると、成立に争いのない甲第三号証、乙第六号証によれば、大村勝男の前記目録③の条件付所有権移転仮登記の原因は後藤太多司との間の昭和五九年五月二二日付代物弁済契約であり、同目録④の抵当権設定登記の原因は同日金銭消費貸借同日抵当権設定であることが認められるけれども、被控訴人は、後藤太多司が大村のために右各処分行為をしたことにより無資力になったことを主張・立証しないから、右各処分行為をもって直ちに詐害行為にあたるということはできない。

また、被控訴人が昭和四八年一月一二日本件土地につき昭和四七年一二月二五日付売買予約を原因として所有権移転請求権仮登記を経由していることは、前記のとおりであるところ、被控訴人が後藤太多司に対して有する農業委員会等に対する所有権移転許可申請協力請求権が現時点において消滅時効にかかっているかどうかはともかく、右仮登記自体は大村及び控訴人の前記①ないし④の各登記より先順位であってその順位保全の効力により将来被控訴人が右仮登記に基づいて後藤太多司に対し本登記請求をし、控訴人に対しその承諾請求をして本登記がなされると、これに抵触する大村及び控訴人の前記各登記は効力を失い抹消される関係にあるから、後藤太多司の前記処分行為(大村との間の本件土地についての代物弁済契約の締結及び抵当権の設定行為)をもって先順位の仮登記権利者である被控訴人を詐害する行為ということはできない。

以上の次第であり、被控訴人の詐害行為の主張は理由がない。

五したがって、被控訴人の所有権及び詐害行為取消権に基づく本訴請求は、その余の点について判断するまでもなくいずれも理由がなく、被控訴人の本訴請求を認容した原判決は不当であって取消しを免れず、これが取消しを求める本件控訴は理由がある。

よって、原判決を取り消し、被控訴人の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官舘忠彦 裁判官牧山市治 裁判官小野剛)

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